東京地方裁判所 昭和56年(ワ)1592号 判決 1982年1月26日
原告 天田歌子
同 星野良子
右原告ら訴訟代理人弁護士 西岡文博
同 高橋諒
被告 白十字株式会社
右代表者代表取締役 天田彦正
右訴訟代理人弁護士 榎本精一
同 桜井陽一
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告ら)
一 被告の昭和五五年一二月一九日付定時株主総会における計算書類を承認し、利益配当をしない旨の決議を取り消す。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
(被告)
主文同旨
第二当事者の主張
(請求原因)
一 被告は、衛生、生理用品等の製造、販売を業とする資本金一億円の株式会社であり、原告両名は、いずれも被告の株主である。
二 被告は、昭和五五年一二月一九日、定時株主総会(以下「本件総会」という。)を開催し、営業報告書、損益計算書、貸借対照表等の計算書類を承認するとともに、株主に対する利益配当をしない旨の決議(以下「本件決議」という。)をした。
三 しかし、本件決議は、次のような瑕疵を有するので、取り消されるべきである。すなわち
1 本件総会に先立って、原告天田歌子(以下「原告天田」という。)は弁護士西岡文博(以下「西岡」という。)に対し、原告星野良子(以下「原告星野」という。)は弁護士高橋諒(以下「高橋」という。)に対し、それぞれ本件総会に出席して議決権を代理行使する権限を授与した。そこで、西岡及び高橋は、本件総会会場入口において、被告の社員に対して弁護士たる身分を明らかにした上、それぞれ原告らの議決権行使の代理権を証する書面を提出して入場の意思を表明したが、被告の社員は、被告の定款に議決権行使の代理人資格を株主に限定する旨の規定(以下「本件規定」という。)があることを理由に、右両名の入場を拒絶した。
しかし、本件規定は、議決権の代理行使を保障する商法二三九条三項に違反し、無効である。
仮に、本件規定を有効だとしても、その趣旨からして、株主総会が非株主によって不当に攪乱され、その機能を阻害されるおそれがなく、かつ非株主である代理人によって株主権を行使する必要がある場合には、本件規定の効力は、否定されるのが相当と解されるところ、本件において、原告らの各代理人である西岡及び高橋は、いずれも弁護士法と弁護士倫理によって制約を受け、およそ理不尽な総会荒しの所為に出るはずもない弁護士であるから、特殊な非株主による総会荒しの防止を目的とした本件規定の効力を認める必要はないことになる。その上、経営、法律知識にうとい主婦である原告らが自ら本件総会に出席しても、議決権を行使することが事実上不可能であることは明らかであるから、法律専門知識を有する弁護士である西岡及び高橋をして本件総会に出席せしめ、株主権を代行させる必要があるといわなければならない。したがって、本件においては、本件規定の効力が否定されるものと解されるべきである。
2 また、商法には明文はないものの、被告には本件総会における出席者の株主資格を審査すべき義務があるので、これを全く尽さない場合には、本件決議の取消事由となるというべきところ、本件において、被告は、全く右審査義務を尽くしていないのである。
以上のとおり、本件総会における本件決議は、被告において、原告らの正当な代理人である西岡及び高橋の本件総会への出席を拒否して原告らの議決権の行使を違法に妨げるとともに、本件総会における出席者の株主資格の審査義務を怠った上でされたものであるから、その成立過程に重大な瑕疵があり、取り消されるべきである。
四 よって、原告らは、被告に対し、本件決議の取り消しを求める。
(認否)
一項及び二項の事実は、認める。三項中、西岡及び高橋が本件総会の会場入口において、被告の社員に対して弁護士たる身分を明らかにした上、それぞれ原告らの議決権行使の代理権を証する書面を提出して入場の意思を表明したこと、被告の定款に本件規定があること、被告の社員が本件規定を理由に、右西岡及び高橋の入場を拒絶したこと、及び原告らが主婦であることは認め、本件総会に先立って、原告天田が西岡に、原告星野が高橋に対し、それぞれ本件総会に出席して議決権を代理行使する権限を授与したことは不知、その余の事実は否認し、その主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 被告が衛生、生理用品等の製造、販売を業とする資本金一億円の株式会社であり、原告両名がいずれも被告の株主であること、昭和五五年一二月一九日、被告が本件総会を開催して本件決議をしたことは、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件決議の取消事由の有無について判断する。
1 弁護士である西岡及び高橋が本件総会の会場入口において、被告の社員に対して弁護士たる身分を明らかにした上、それぞれ原告らの議決権行使の代理権を証する書面を提出して入場の意思を表明したこと、被告の定款に本件規定があること、被告の社員が本件規定を理由に、右西岡及び高橋の入場を拒絶したこと、及び原告らが主婦であることは、当事者間に争いがない。
ところで、商法二三九条三項は、議決権の代理行使を合理的な理由に基づき相当程度制限することも許容しているものと解されるところ、本件規定は、株主総会が株主以外の第三者によって攪乱されることを防止して会社の利益を保護する目的を有するばかりでなく、もともと株式会社の機関である株主総会がその構成員のみによって運営されるべきであるとの会議体の本則にのっとった合理的な理由に基づく相当程度の制限ということができるから、現実に株主の議決権行使に不当な制約を生ずる特別な事由がある場合を除いて、有効と解するのが相当である。そうすると、原告らは、その議決権行使の代理人である西岡及び高橋が理不尽な総会荒しの所為に出るはずもない弁護士であることを理由に、本件規定の効力を否定すべきである旨主張するが、本件規定の趣旨が前記のとおり非株主による総会荒しの排除を目的とするばかりでなく、もともと会議体の運営はその構成員のみによって行うとする会議体の本則にのっとったものと解される以上、右代理人の資格が総会荒しの所為に出ることのない弁護士であることをもって本件規定の効力を否定すべき特別の事由ということはできないのである。したがって、原告らの右主張らは、すぐには採用することができない。また、原告らは、原告らが主婦である(当事者間に争いがない。)から、専門知識に欠ける原告らが本件総会において自らその議決権を行使することは事実上不可能であり、専門知識を有する弁護士である西岡及び高橋でもってその議決権を代理行使する必要がある旨主張する。しかし、原告らが主婦であることをもって本件総会において自らその議決権を行使することが事実上不可能とはいいがたいし、仮にその議決権行使が困難だとしても、後記のとおり、被告の他の株主に議決権の代理行使を委ねる可能性がある以上、本件総会におけるその議決権の代理行使を弁護士である西岡及び高橋に委ねなければならない必要性があるとはすぐにはいえないのである。したがって、原告らが主婦であることをもって本件規定の効力を否定すべき特別の事情に該るとする原告らの右主張も採用することができない。そして、《証拠省略》によれば、被告の株主総数は三九七名、本件総会に出席した株主数は委任状を含めて一六一名であることが認められ、これらの株主を代理人として原告らがその議決権を行使する可能性が十分あるので、本件においては、原告ら主張の事情を総合しても、未だ本件規定の効力によって原告らの議決権行使に不当な制約を生ずる特別な事由があるとは認められないのである。
以上のとおり、本件においては、本件規定の効力を否定すべきである旨の原告らの主張は理由がないので、その余の点について判断するまでもなく、本件規定が無効であることを理由に、被告の社員が西岡及び高橋による原告らの議決権の代理行使を拒絶したことをもって本件決議の取消事由とすることは、許されないといわなければならない。
2 次に、原告らは、被告が本件総会における出席者の株主資格について審査を全く怠った旨主張するが、本件全証拠をもっても右事実を認めることができない。のみならず、商法に明文はなくとも、株主総会における出席者の株主資格の審査義務を会社が負っていることはいうまでもないが、右義務の懈怠は、非株主の議決権行使という決議取消事由を推認させる重要な事実としての意味を有するにすぎず、右審査義務懈怠の事実のみをもって株主総会決議の取消事由とはならないものと解するのが相当である。したがって、いずれにしても、被告が本件総会における出席者の株主資格について審査を全く怠ったことをもって本件決議の取消事由とする原告らの主張は、採用することができない。
三 以上のとおり、原告ら主張の本件決議の取消事由はいずれも理由がないので、原告らの本訴請求は、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井上弘幸)